2017.07.03 西表島で休日を(その4)




■ 浦内~祖納




さて星砂の浜から上がって、バスはふたたび走り出す。ここから先は島の西部を目指すコースだ。観光的にはもう大きなスポットはなく、余力で回っていくような雰囲気なのだが 「端を極める」的な楽しみはある。道は相変わらず国道215号線を進んでいく。

車内を見渡すとなんだか妙に乗客が減ったように見えるけれども、これはさきほどの浜辺で脱落組が出たためだ。この付近には宿泊施設が集中していて、ツアーを打ち切って宿に荷物を預けシュノーケル三昧に移行する人がいる。そんなわけで点呼も割といい加減なところがあり、遅れた人は次のバスで拾ってもらったりしてみんな割とフリーダムに振る舞っている。

このいい加減さはなんとも非日本的で、まるで東南アジアの片田舎みたいな雰囲気を感じるのだが、現地ではこれを 「テーゲー」 と表現して誰も気にしていない。このぶんならジャングルに迷い込んだり謎の半島国家の工作員に拉致されて誰かが行方不明者になったとしても、「なんくるないさー」 で適当に処理されてしまうに違いない(ぉぃ)。




やがて浦内川が見えてきた。ここは西表島で最も流域面積の広い川で河口近くには広大なマングローブ林が広がっている。クルーズ船も出ていて、宿泊組の人々はこちらでも熱帯雨林の散策などをするらしい。




この川の流域は古くから人が入植して水田を開いていた。

歴史的にみれば西表島における人の居住は西部側に比重があり、それはこの適度な湿地があったためであろう。本日最初に見た仲間川と違って浦内川の河口部は狭く浅く、海水があまり流入してこないうえに上流から流れてくる土砂が溜まりやすい地形になっている。入植を試みるならこちらの方がよほど人に優しそうだ。




県道215号線を進んでいくと、泥に覆われた浦内川の河岸 (・・・というか明瞭な岸辺はそもそも存在しないのだが) から少し標高の上がった "水没しない程度の平地で、沢水がある" という地形のあたりに水田が点在している。近代的な "田" の字の区割りではなく、不定形の古い畔割の水田だ。




実はこのあたりが、琉球王朝時代の西表島を代表する水田地帯であったらしい。比較的広い平地がやや傾斜しながら連続していて、平野の南側のやや高いところに水田が分布する。それを統治していたのが祖納の岬に置かれた番所で、王府から派遣された役人が詰めていた。




この祖納が、琉球王朝時代の西表島の中心である。いまではすっかり鄙びた感じになってしまっているけれども、西表島の歴史は実はこの集落に凝縮している。




しかし観光パンフレットにはそのあたりの説明は省略されていて、バスも一時停止すらしないまま通り過ぎてしまう。こういうところがミーハー旅行の残念なところだな。




やがて島で唯一のトンネルである西表トンネルを抜けると、ツアーの最終目的地が現われた。




■ 白浜港




そして到着したのが、この白浜港であった。




ここは西表島の "どん詰まり" とでもいうべき最奥地で、ここから先にもう道はない。なんと西表島には島を一周できる道路はなく、この先…つまり島の西側半分は、自然のままの海岸線がほぼ手つかずで残っているのである。




ここがその "どん詰まり" の風景である。目前に浮かぶ内離島には戦前に炭鉱が発見されて一時期賑わったという。しかし今では閉鎖されて無人島に戻っており、わざわざ船をチャーターして渡る人もほとんどいない。今では静かな、最果ての風景である。




いつもならここで在りし日の風景に思いを馳せながら缶コーヒーの一本も愉しむところなのだが、筆者らはここで降りることはなかった。「はい、ここが白浜港で~す、西表島のいちばん奥地になりま~す」 と激烈簡潔な説明を聞いただけで、バスはUターンしてしまったのである(ぉぃ^^;)。

さすがにこの尻すぼみのリターン劇には 「え~~っ、それだけ?」 とツッコミのひとつも入れたいところであった。どうやら帰りの船の時刻に合わせるための判断のようで、だったら星砂の浜での滞在時間をもう少しうまく配分すればよかったんじゃないの…と思わないでもないのだが、まあそのへんはツアー業者側にもいろいろと事情はあるのだろう。




あとから知ったのだが、ここで正しい観光をしようと思ったら祖納で一泊してシュノーケルかグラスボートのツアーに参加する必要があるそうだ。この湾内には珊瑚礁の綺麗な海域があり、その手の趣味の人にはたまらない環境だと聞く。さらにはここから船で湾を渡った先に船浮というほとんど孤立状態みたいな集落(陸上道路が無い!)があって、イリオモテヤマネコの発見の地として知られるともいう。

・・・とはいえ、いずれもそれなりに時間を要するコースであり、残念ながら今回のツアーでそこを見ることは叶わなかった。真面目に見学しようと思ったらやはり時間も手間もかけて臨む必要があるのだろうし、朝方、5分で決断して飛び入り参加したなんちゃってツアーにそこまで要求するのは酷というものだ。

※ちなみに朝日新聞が自作自演したサンゴKY事件の現場はこの付近で、いまでもこの捏造報道は語り草になっている。




■ 西表島から去る




さてそんな訳で、Uターンしたバスが上原港に入ったのは午後4時半であった。日本最西端に近い西表島では標準時子午線vs経度差の関係でまだ日が高いけれども、それでも西日はゆるゆると落ち始めている。振り返ってみれば、実質7時間余りの滞在で西表島の主要な観光スポットは一通り廻ったわけで、旅行会社もなかなか頑張ったツアーコースを企画してくれたものだと思う。




やがて船が入港してきた。来るときは鈍足な連絡船だったが帰路は高速船らしい。ちなみに朝方に受け取った乗船券には15:35 と書いてあったのだが…沖縄では1時間くらいの差は気にしてはいけないのだろうな(笑)




そんな訳で、さらば西表島~♪ なかなかに面白い一日だったよ・・・!




■ 石垣島で見る夕日




その後はまた荒い波に揺られて石垣港まで戻り、筆者は缶コーヒーで一服したのちに、海に沈む夕日を見に海岸に出てみた。




そしてオレンジ色に染まる海を眺めながら、少しばかり思ってみたのである。

どんなに周到に準備をしたところで、予定や思惑通りにいかないことはゴマンとある。今回は当初予定していた波照間島の訪問は果たせなかった訳で、まあ目的は果たせずに終わった。

しかしそれでも、未知の領域をすくなくともひとつ筆者は踏破して終わった。第二志望だってまあ悪くはない。ひとまずは、黒字決算であったと思うことにしよう。

波照間島には、いつかまたトライしてみたい。機会はまた、きっとあるだろう。

【完】




■ あとがき


えーあとがきです。もっと早くに活字化すればよかったかな・・・と思いつつ、今ごろではありますが 「えいや!」 とレポートにしてみました。

西表島は筆者の 「行きたい島リスト」 には当初は入っていなかったところで、今回は予備知識も何もない状態で既成のツアーコースをベルトコンベア式に運ばれていった・・・というのは本編で述べたとおりです。でもフタをあけてみれば見どころはいろいろあり、これはこれでよかったんじゃないの・・・という気分になりました。不可抗力は時の運、さっさと現状を認めてその場でできることを楽しむのに限ります♪




ところで沖縄というと青い海に白い砂、鮮やかなサンゴ礁…というイメージがありますが、西表島は異色です。マングローブの密生するジャングルの水の色はいわゆる土色(カーキ)で、透明度はほとんどありません。これが海にゆっくりと流れ出して拡散していく様子がバスの車窓からもよく見え、筆者は非常に興味深く眺めていました。

沖縄の島々には元々大きな河川はほとんどなく、河口部にマングローブ林が発達している場所は限られます。しかし西表島には深い入り江や湾と合体して広い河口域をもつ河川が多く、この汽水域がマングローブ天国となりました。筆者はこれまで種子島、屋久島、奄美大島、沖縄本島、久米島、宮古島、石垣島・・・と南西~沖縄諸島の主要な島々をひととおり見て回りましたが、やはり西表島のマングローブ林が規模といい密度といい、最も "濃い" 環境だと思います。こういうところは、下手に開発の手を入れずに残してほしいものです。




さてもうひとつ面白かったのはやはり由布島の水牛車でしょうか。調べてみると沖縄で水牛が農耕に使われるようになったのは、日本統治時代の台湾から開拓移民が持ち込んだものが契機になっているようで、案外新しいものです。のちに防疫(※)の観点から水牛の持ち込みは禁止になり、今では国内での自家繁殖のものしかいません。由布島で牛車を引いているのもその子孫ということになるのでしょう。

※家畜病のピロプラズマ症対策として黄牛、水牛の輸入は禁止となっています

その輸入が可能だった時期は1933~1938年のわずか5年間。大日本帝国時代のこの時期、台湾との関係がなければこの水牛車が生まれることもなかったわけで、ひとつの風景が成立するまでに費やされた歴史の積層と人の営み、そして邂逅のタイミングの妙というものには驚きを禁じえません。

こういうことを知るというのは、なかなかに楽しいものです。旅というと 「消費するばかりで何も生まない無駄行為」 のように言う人がたまにおられますが、ほんの少しの好奇心さえあればそれはいつでも 「知を獲得する生産行為」 に転じ得ます。

適度に束縛から逃れ、適度に "未知" を体験し、適度な知見を得る。そんなゆるふわで、でも総合するとちょっとだけ黒字決算になっているくらいの旅。それが、ちょうど心地よい旅のあり方なのではないか。…今回の一件で、筆者はそんなことを思ってみました。


<おしまい>