2020.02.28 コロナウイルス顛末記:前編 (その2)
■1月31日 WHOの緊急事態宣言
さてグダグダと迷走をつづけたWHOのテドロス事務局長がようやくこの日になって 「緊急事態宣言」 を出した。 しかし世界各国の中国への渡航制限はこれに先立って始まっており、実態の追認程度のインパクトしかなかったような気がする。
同事務局長は 「緊急事態ではあるがパンデミックとは言えない」 ……などとハッキリとしない発言を繰り返しており、この頃からWHOの威信というか信頼性が急速に落ち始めた印象がある。とにかく中国に対する気の使いようが、尋常ではないように感じられた。
事務局長は中国国内の感染報告が1万人規模に膨れ上がっているにも関わらず、貿易や旅行の制限は必要ないなどと言い続けていた。…いやそこは渡航自粛の勧告くらいしろよ、と思ったのは筆者だけではあるまい。
■2月3日 クルーズ船ダイヤモンドプリンセス入港
さて2月に入って一気に注目度が上がったのは、英国船籍のクルーズ船ダイヤモンドプリンセス号であった。乗員乗客3700名あまりを載せた同船は日本を拠点にクルーズ事業を展開している船で、運行会社は米国の Princess Cruises 社である。同船は1月20日に横浜港を出航し、香港、ベトナム、台湾を巡って2月4日に横浜港に寄港する予定でツアーを催行していた。しかし1月25日に香港で下船した中国人男性が新型コロナウイルスに感染していたことが分かり、その後の予定を切り上げて2月3日に横浜に戻ってきたのである。
この時期、同じように乗員乗客にコロナ感染が発覚した船はいくつもあり、行く先々の国で寄港を拒否されて放浪するという事態が起きていた。善意で受け入れを表明した港がいくつかあり、多くの船はそこで乗客を降ろしてツアーを打ち切った。この下船客が、のちに感染を広げる媒介者となっていく。
日本では、このダイヤモンドプリンセス号の乗客の約半数が日本人であったことから、横浜港内に止め置いて検疫の名のもとに医療支援が行われた。
ちなみに日本の港内にあっても船の内部は船籍国の領土であり、日本の主権は及ばない。船内の管理監督権限は船長にあり、日本政府が行うことができるのは 「疫病を日本国内に持ち込まないための措置(=検疫)」 に限られる。今回はこれをかなり拡大解釈して感染防止策が展開された訳だが、日本政府は基本的に 「お願い」 しかできない立場である。ここを忘れているとワイドショーのコメンテーター並みの頓珍漢な理解しかできないので要注意だ。
ところで日本以外の各国政府は自国民の乗客にどんな支援をしたかというと、なんとすべて日本政府に丸投げであった。船籍国である英国も一言も公式声明を出さなかった。ここから疫病対策というものが、いかに 「面倒で関わりたくないもの」 であるかが伺える。
日本政府も、本来であれば海上保安庁の船を横付けして自国民だけさっさと降ろして、船自体は入港拒否してもよかった筈であった。それを気前よく3700人全員まる抱えで、治療費や感染対策の費用まで全部負担して面倒をみたのは、政治判断とはいえ相当にお人よしの対応だったといえる。
この善意で抱え込んだ3700名の母集団のなかで、やがて感染が急速に広がっていく。
■2月4日
中国での感染者数が2万人を突破。死亡者425名。
中国以外の国への感染拡大は23か国に及んだ。
国会は相変わらず桜を見る会で時間の浪費中。ダイヤモンドプリンセスの検疫体制について船籍国の英国とどういう調整をしているのかとか、厚労省の戦力は足りているのかとか、同様の入港船が来たらどう対応するのかとか、意味のある議論をしてほしいところだが……まあ、古い世代の政治家が一掃されるまで、これは延々と続きそうな気がする。
■2月6日
中国での感染者数が28000名を突破。死亡者数565名。
フィリピンで死亡例が1名発生、これが中国以外での初の死者となる。
さて武漢の封鎖から2週間あまりが経過し、その間にこのウイルス感染症の特徴が浮かび上がってきた。まず潜伏期間が平均で13日ほどあり、なんと無症状でも感染力があるとの報告が上がってきて、驚きをもって迎えられた。
これまで知られていたコロナウイルス(SARSを含めたインフルエンザ等)の症状は感染の初期に急激な発熱があるため分かりやすく、また他人への感染がおこるのは発症後が多かった。ゆえに、とりあえず発熱をチェックしていればスクリーニング(選別)が可能だったのである。空港に設置されたサーモグラフィはそれを前提にした処置であった。
それが新型では通用しない。症状がないままキャリアが動き回って感染を広げ続け、ひとたび発症すると急激に悪化する。しかも通常のインフルエンザがせいぜい4~5日で回復するところ、この新型は肺の機能を破壊して呼吸不全を引き起こし、たっぷり3週間ほども病床を占有しつづける。だからいちど流行が始まると、あっというまに病院の収容力を食い潰して医療崩壊を招くのである。また潜伏期間が長いということは、ひとたびクラスターが発生すると、経過観察のため長期間の隔離が必要となり、これがまた医療施設の収容力を食い潰すという悪魔のような性質をもっていた。
ちょうどダイヤモンドプリンセス号で隔離されている乗客の隔離期間を何日にするかでモメていたのがこのころで、こらえ性の無い欧米人の客がSNSで言いたい放題文句を垂れては不満をぶちまけていた。
そんな中、ようやくWHOの見解として潜伏期間=12.5日という中途半端な数字が示された。当初13日と言われていたのが0.5日分短縮したのは、このワガママな欧米人へのリップサービスであったとう話が漏れ聞こえている。なお日本には 「四捨五入」 という素晴らしい概念があったので実際の現場運用にあたっては13日が目安となった(※)。なお病院に収容された人の入院期間はそれまで10日とされていたものが12.5日となり、WHOに合わせたものとなった。
※実は従来と変わらない(笑)
■2月7日
ダイヤモンドプリンセス号内のコロナウイルス陽性はじわじわと増え、61名となった。この時点での検査数は273名で、乗員乗客3700名の1割にも達していない。マスコミは 「なぜこんなに検査が遅いのか」 との批判を繰り返し、これにタイミングを合わせるように色々な商売人の方が 「検査キットを提供します!」 などとアドバルーンを上げていた。
結論からいえばこの時期に闇雲に精度のあやしい簡易キットを導入しなかったのは正しかったように思う。というのも簡易キットは抗体検査タイプのものが多く、抗体は感染してからある程度の時間がたって増えるものだから、OK/NGが明確に線引きしにくいのである。一足先に感染爆発の起こった中国では陽性判定の信頼性が6割くらいとの報告もあり、4割も撃ち漏らしがあるのでは 「陰性ですね、あなたは感染していません」 とはとても言えない。
■2月12日
中国の感染者数 44653名、死亡者 1113名。
■2月16日
2月16日、ダイヤモンドプリンセス号の入港から13日目となり隔離期間が満了、健康診断ののち19日から下船が開始された。 2/16段階での陽性者は計70名、そのうち日本人は32名。なお陽性者の8割は無症状で、検査をしないかぎり外見上では感染していることがわからない状態だった。下船は健康上の問題のある老人から優先しているようで、ゆるゆると少量ずつ行われていくらしい。
なおこれまで沈黙を保っていた各国政府は、下船が始まった頃になってようやくチャーター機を出して自国民の引き取りを表明し始めた。ただし船を降りた乗客たちは残念ながら自国に戻っても素直に帰宅はできないようで、各国の隔離施設でさらに2週間ほど待機させられるという。
WHOの表明した12.5日という微妙すぎる数値はこの頃にはすっかり忘れ去られ、わかりやすく2週間(14日間)に丸められて世界的な隔離期間のスタンダードになっていた。
■2月22日
さてニュース映像ばかりだと臨場感がいまひとつなので近所のドラッグストアの風景などを紹介しておきたい。これは栃木県ではローカルに有名なカワチ某の黒磯店である。開店前から並んでいる人はいわゆるマスク難民で、中国人による春節爆買いで在庫の払拭してしまった後も毎日あちこちのドラッグストアに並んでわずかな入荷物を手に入れようとしている。
本来、ドラッグストアに限らず量販店というのは物流網のローテーションの関係で品目枚に入荷日はあらかじめ決まっている。しかし極端な品不足のため、マスクに限らず衛生用品はおしなべてずっと入荷未定のままだ。
まさか21世紀になってこんな物資欠乏に見舞われる日が来ようとは。
■2月24日
国内の新型コロナ陽性者は125名、内無症状16名(※)
…ということになっているが、ダイヤモンドプリンセス号の「8割無症状」 から逆算すると推定される陽性者数は540名くらいであろうか。驚くのは陽性125名のうち日本国籍者は80名で、外国籍が36%を占めていることだ。
日本の人口比率では外国人はせいぜい1%くらいの筈なのにこれはどういうことだろう。日本国民の負担している健康保険の掛け金が気前よく外国人に振舞われてしまうと、いざというときに日本国民の医療が賄えなくなってしまう。ちなみに 「いざというとき」 とはまさに今なのだが。
※ダイヤモンドプリンセス号は法律上は日本国内とは見做されないので除外されている
■2月25日
国内での感染事例が増えていることに対応して厚生労働省内にクラスター対策班なるグループが設置された。感染事例が報告されると対象者の行動履歴から接触者を特定して検査、隔離するというもので、外国のように街をまるごと封鎖するのではなく、モグラタタキ方式で対処するらしい。さてこれが効果を上げるのかどうか。
この日の中国の感染者数は77758名、死亡者は2663名。中国以外の外国では感染者数は1556名、死亡差30名。
このうち韓国(感染833名)、イタリア(同229名)で感染者が急増し始めている。韓国では宗教団体の集会からクラスターが発生、イタリアはミラノの中国人街の住民が春節で帰国した際にウイルスを持ち込んだのではないかと言われている。
■2月27日
安倍総理が記者会見を開き、全国の小中高校に対し3月2日からの休校を要請した。国内の感染者が増加傾向にあるため、学校を媒介としたクラスター感染を抑える狙いがあるという。この日は金曜日で、休校初日である3月2日が週明け月曜日であることから、いきなり休校を要請された学校側では混乱がみられた。
後日報道された内容から類推すると、休校措置の検討は実は早くからあったがそれを文部科学省の官僚がグダグダと抵抗し続けていたので、内閣官房内で少人数で意思決定 → いきなり記者会見して中央突破を図ったらしい。内閣総理大臣が公式発表してしまえば、役人が 「アレは違います」 とは言えなくなる。
しかし実は内閣総理大臣に学校を休校させる権限は無いのである。休校に限らず、なにかを強制力をもって命令する行為というのは、日本の法体系の中では徹底的に 「できない仕組み」 になっている(※)。
※これは戦後日本を占領したGHQの政策に端を発しているようで、占領が終わったのちも各種団体や官公労、左翼系野党の抵抗でずっとそのままになっている。だから指示でも命令でもなく、総理は単に 「お願い」 という形で措置を求めるしかない。
実際に学校の運営をどうするかは各都道府県、市町村の教育委員会の判断による。法的には単なるお願いであるから、各地での実施状況には差を生じた。筆者の在住する栃木県北部では那須塩原市が早々に全休を決めた一方で、大田原市は半日休校(それって意味ある?)を唱えていた。しかし市内で感染者が出ると大田原市も慌てて全休に切り替えるなど方針転換がみられた。
■2月28日
国内の感染者191名、死亡者8名。
中国の感染者78824名、死亡者2788名。
中国以外の外国の感染者数は3591名、死亡者は62名。
韓国の感染者が急増して2022名となり、イタリアが650名、イランが245名と続いている。感染の広がりは59ヶ国(地域)となった。WHOはまだ 「パンデミックとはいえない」 と言っている。
さて休校要請の翌日。市中ではインスタントラーメン、パスタ、その他レトルト食品などの保存のきく食料品が一斉に店頭から消えはじめた。さらにはトイレットペーパーが消失してオイルショックの再来のような光景になった。
おそらく、マスクが市場から消えてその後一向に供給されないことの学習効果が働いたのだろう。ニュースでは 「物資は豊富にある、買い溜めはしないように」 などと言っているけれども、物流が追い付かず、店頭まで商品が届いていないのはまぎれもない現実だった。 これでそれまではTVの向こう側の出来事であったウイルス禍が、一気に 「身近な事件」 になってきた。
はてさて、いったいこれから日本はどうなっていくのだろう。
【後編につづく】