2011.02.26 南房総:フラワーラインを行く:前編 (その1)
南房総で一足早い春を眺めて参りました ヽ(・∀・)ノ
越後湯沢で雪の温泉を堪能した2週間後、今度は春の風情を先取りしてみようと南房総は白浜方面を目指してみることにした。ここにはフラワーラインと称する早春の花々を見られる海浜道路が通っている。今回はここをまったりと眺めてみようという趣向である。
千葉県の南端にあたる南房総の地は、かつては安房国(あわのくに)と呼ばれた。日本で唯一、標高500m以上の土地が無い "最低標高県" である千葉県にあって、低いながらも山々が密集する地域であり、鋸山(のこぎりやま)の稜線を境界にその南側が一国とされた。館山、鴨川の付近にほどほどの小平野を抱え、東西と南側は海に囲まれ、北側に天然の防壁である山地を構える。こういう場所は小勢力が防御を固めて立てこもるには絶好の立地といえ、戦国期には里見氏が勢力を張り、平安末期には源頼朝の反抗の拠点ともなった。
今回はこの安房国の南端を花景色を主軸につまみ食い的に走り抜けてみよう。例によってあっちこっちに話が飛ぶかもしれないが、まあそれはいつものことなので気にしない(ぉぃ ^^;)
ところでここが温暖な気候なのには主に2つの要因がある。まずは北辺を固める山地の存在である。ここは標高200 ~ 300m 程度の起伏が無数に連続しており房総丘陵と呼ばれている(※)。この丘陵があるために冬季の関東地方に吹き降ろしてくる冷たい季節風(=空っ風)はブロックされて安房国を直撃しない。
さらには半島南部を黒潮(暖流)がかすめている。フィリピン~台湾付近を経由して熱帯の余熱を運んでくる黒い(※)海流で、房総丘陵が防寒着の役割なら、黒潮はホッカイロのような役割と思えばいい。この2つが絶妙に組み合わさって、安房国の領域は関東地方の中でも特異的に温暖な気候区分となっているのである。
どれくらい暖かいかというと、1月の平均気温は館山市で6.2℃あり、これは四国の高知市とほぼ等しい。ちなみに筆者の本拠地=那須では同時期の平均気温は1.4℃で、6℃を超えるのは5月になってからである。…なんというか、ちょっと世界が違うような気がする。
※国土地理院では丘としか認めていないようだが、筆者としては心情的に山として扱ってあげたい。
※プランクトンが少ないため透明度が高く深海の暗い背景がよくみえるということらしい。
■南房総への道
さてそんなわけでまたもやふにゃらけた昼過ぎの時間帯に秘密基地を出発した。関越道で都内に入り、首都高経由でアクアラインに抜ける。ここは川崎側の半分ほどがトンネルで、木更津側は風の吹き抜け具合がなんとも爽快な海上道路となっている。こんな海上道路は久しぶりに通るなぁ…♪
ちなみに上空からみるとアクアラインはこんな感じである。短いようにみえるかも知れないが海上SA=海ほたるから木更津までの海上部分はこれでも約5kmある(川崎側のトンネル部分は約10km)。
この東京湾横断道路が出来たお陰で、都心経由の房総半島へのアクセス性は飛躍的に向上している。筆者もその恩恵にちょこっとばかり浴して海を渡ってみたわけである。
千葉県側に入り木更津から館山自動車道を南下していくと、やがて房総丘陵が見えてくる。山々がやけに四角い感じがするのは石材の切り出しを行っているためらしい。この付近は房州石と呼ばれる石材の産地が点在しており、館山自動車道を行くとこんな景色が転々と続いていく。
そして見えてきたのが、鋸(のこぎり)の歯を思わせる岩山である。どうやらこれが鋸山らしい。
一見すると城砦のように見える部分が江戸時代から盛んに石を切り出した跡である。今回はゆっくりと寄っている暇が無いのでスルーしていくことにするけれども、それにしても "丘" と称するにはずいぶんとゴツイ山容に見える。標高は海抜で 329m あり、ほぼ70~80階建てのビルの高さに相当する。
こんな "丘" が房総半島を横断して無数の起伏を成しており、安房国と手前の上総国を分断している。 まさしく天然の万里の長城というか、人も風も、この壁によって往来を阻まれているといった印象をうける。一言でいえば安房国とは、この壁を境に房総半島の先端を30kmほど切り取って要塞化したような立地なのだ。
その城砦のような山々をトンネルで抜けると、館山自動車道は富浦ICで終端となりその先はR127に接続していた。
ICからR127に降りると、突然椰子の木と菜の花が続く景色が現れる。 おお、2月だというのに何だか世界が違っている!
これはちょっと驚きなのである。越後湯沢で雪国の風景を堪能してきた直後でもあり 「ここは本当に同じ国ですか?」 とツッコミを入れたくなってしまった。…この劇的ともいえる対比というか、変化の鮮やかさはどういうことだろう。
というか、黒潮効果って凄いじゃん!(笑)
さて幹線道路としてはR127を下っていくのが正当ということになるのだろうけれど、このまま行くとバイパス路線になって海沿いの景色の良いところをショートカットして白浜側に抜けてしまう。それでは微妙につまらないのでここでは館山市街地を横断し、東京湾の南端=館山湾を経由していくことにしよう。
ここからが、いよいよフラワーラインのエリアである。
■館山湾より
そんなわけでまずはフラワーラインの概要を説明しておきたい。
フラワーラインは館山市、南房総市の南部海岸を走る r257~R410 のうち、館山から千倉あたりまでの海浜道路の総称である(※)。このエリアは南房総の中でも特に暖かく、花卉(かき)栽培が盛んなためそれを観光資源としても活用している。
※同じ道路の延長線上にある鴨川付近部分は黒潮ラインと称して別の区分となっている。
※道路の名称の「R」は国道、「r」は地方道(県道)を指す。
r257を進むと館山市街地の西端にある自衛隊駐屯地を過ぎたあたりから眺望が開け始め、お手軽にクルマを停めて一服できそうな最初のポイントとなるのが見物海岸である。名前の由来はよくわからないが、まあ読んで字の如しで視界の通るビューポイントと理解しておきたい。
たまたま上空から撮った写真(北側から見ている)があったので貼ってみる。矢印のあたりが見物海岸である。手前にある湾が館山湾で、太平洋の荒波を洲崎が防いでくれるためこの付近は別名 "鏡ヶ浦" と呼ばれるほど波の穏やかな内海となっている。
こういう所には良い港ができる。付近はイワシの良い漁場となっており、江戸時代には江戸市中に魚を供給する基地のひとつとなっていた。洲崎を越えて相模湾~太平洋側に出るとカツオやマグロのよい漁場が広がっていて、今回は花景色が主役なのであまり取り上げないけれど、ここは漁業王国でもあるのだ。
海岸から湾を挟んで市街地をみるとこんな眺望が広がっていた。本当に波が静かなところで、防波堤やテトラポッドが海岸を埋め尽くすような風景はほとんどない。
海岸では散策する観光客らしい人影がみえた。いいところだねぇ…などと話しているのが聞こえてくる。
ここはまだ東京湾の内側という区分になるのだけれど、東京の雰囲気はまったくない。時代劇の撮影に使っても違和感の無いくらいの手付かずの風景が見られる。
道端には菜の花が咲いていた。見れば花の根元には既に大量の菜種の鞘(さや)が付いており、もうずいぶん前から咲いているようだ。
筆者的には 「もう菜の花が咲いていますよ」 的な絵が撮れるかな・・・という感覚でやってきたのだけれど、どうやらもうピークは過ぎてしまっているらしい。…いったいいつから咲いているのだろう?
・・・と、軽い衝撃を受けながら時計をみるともう午後4時を過ぎている。これはいけない、さっさと先を急がないと。
<つづく>