2021.10.30 日塩もみじライン(その2)
■ 大曲り
さてもみじラインに入って最初の見どころは大曲りである。30万年ほど昔に塩原盆地が巨大な湖だったころ岸辺だった部分で、急斜面を駆け上がるヘアピンカーブ付近に楓の群生地がある。
高台に登ると視界が効くようになる。午後になっていくらかガスってはいるものの、空気の清浄度はいい感じだ。
見れば山の頂上から麓まで紅葉の色づきが一様に分布している。
普段なら山麓が色づいている頃、山頂はもう落葉していてグラデーション状になるのだけれど、今年はいきなり10℃以上もガクンと落ちる冷え込みが来たので、上から下までほぼ色づきは同時進行しているようだ。
おかげで1時間もかけて登ってきた割りに、紅葉チェッカーのゲージもあまり変化がない。最低気温の累積日数は、5℃未満が10日、3℃未満が4日といったところだ。
ちなみに最低気温が10℃も下がるというのは、標高に換算して1600mあまり高台に移動したのと同じことである。平年なら1ヶ月ほどかけて変化する季節がいきなり一晩で進行したとも言え、山の木々もびっくり仰天で冬支度を始めたのではないだろうか。
理屈はそのくらいにして実際の紅葉具合を見てみよう。ここもなかなかにいい感じで色づいている。
那須~塩原の紅葉は鮮やかな赤色が映える。とくに楓の赤色がいい。
こういう紅葉の色づきのよい木々(落葉広葉樹)は、たいてい真っすぐには伸びないグネグネとした枝ぶりの樹種で占められる。林業的な観点からは建築材として売りにくいので、十把一絡げに "雑木(ぞうき)" と呼ばれる。かつて薪や炭の材料として使われたのが、この雑木であった。
塩原は林業を営むには地形が急峻すぎ、広葉樹の森が原生林のままひろく残された山が多い。楓が自然に繁茂するのはほぼ例外なく傾斜の急な斜面沿いで、農業生産性の乏しいところが多い。
そんなところに秋のほんのひとときだけ、錦の紋様が広がる。産業的には使い物にならない雑木でも、紅葉は例えようもなく美しい。そして今という時代は、そんな切り口で観光産業が成立する稀有な時代なのである。
ただそれがうまく地域活性化に役立っているかというと、あまりそういう感じはしない(笑) なんでもマネタイズすりゃいいってモノでもないだろうけど、他の観光地だったら展望施設のひとつも置いて恋人の聖地とかに登録できそうな場所なのに、那須塩原市はなーんにもしない。
まあおかげで、ホドホドに人は来るけれど身動きが取れないほどではない…という状況があり、これはこれで悪くないんじゃないのという気がする。
■ もみじライン料金所跡
さて一息ついたらどんどん登っていこう。
大曲りから4kmほど登ると新湯温泉を過ぎる。このあたりの紅葉も綺麗なのだが、駐車スペースもないことだし先を急いでスルーして行く。
そうして行き着いた次のチェックポイントは、日塩もみじラインの料金所跡である。 "跡" って何? とツッコミが来そうな気もするが、実はこの道路は昨年12月で有料期間が終了し現在は無料開放されているのである。
ここがかつての料金所跡である。現在では施設はきれいさっぱり撤去されて何も残っていない。
料金所が現役だった頃、ここまで登ってきてUターンするセコい観光客(笑)がたくさん居り、そのため料金所前に公衆トイレと産直販売所が儲けられていた。産直は現在も運営されており、高原野菜などの販売が行われている。
標高の高いところで採れる野菜は歯触りがシャキっとして煮崩れが少なく、旨味が多い。コロナで自粛が~などと言われも、わざわざこれを求めて下界から登ってくる人がいるのだ。
ここの主要な販売品は大根で、林檎の直売もやっている。筆者は大根というよりはこちらが目当てで立ち寄ってる。
林檎と言えば青森とか長野が有名だが実は栃木県にも林檎農家は結構ある。小規模農園が多いため直販が主で(そのため県外にはあまり知られていない)、店頭に並ぶ直前まで樹上で完熟(※)させるのが特徴だ。
※高原山(もみじラインの通っている山塊)の周辺は気候が絶妙で、冷涼な割りに林檎の収穫期に降雪や降霜が無いため樹に成った状態で完熟させることができる。
さて産直の向かい側にはちょっとした園地があり、都会の公園ではまず見られない白樺と楓のコラボが見られた。 ここの標高はちょうど1000mくらいで、宇都宮あたりの平地と比べると5~6℃ほども冷涼な気候になる。このくらいまで登ってくると白樺と楓の混生林がみられる。
樹林帯の中なので多少の荒天くらいでは葉は痛まない。この付近の紅葉はとても美しく、商用の素材になりそうな品質の写真が撮れる。
それにしても……園地があって駐車場があってトイレが整備されていて直売所があり有料道が無料開放されたとなれば、ちょっと手を加えて道の駅が成立しそうなところだな。
そのまま奥まで歩いて行くと、ミズナラの木が繁茂していた。ブナの仲間で赤くはならない "黄葉" の代表選手みたいな樹種だ。黄色く色づくと片っ端から落葉して分厚い腐葉土をつくる。
そんな落ち葉を拾ってみた。落ちたばかりの葉は鮮やかな黄色で、干からびるとやがて渋めの茶色を経て最終的には土色になっていく。これはこれで面白いグラデーションだ。
■ ハンターマウンテンスキー場
次に向かったのはハンターマウンテンスキー場であった。いつもの年ならここでスキーリフト(夏場はなぜかゴンドラと呼ばれる)に乗って明神岳の山頂まで登り、そこから俯瞰した風景を見たりするのが筆者の定番コースだった。
ロッジから明神岳山頂までは水平距離で2.5km、標高差がおよそ500mある。これを一気に駆け上がることができるのでハンターマウンテンは美味しいスポットだった。
しかし今年はスキー場は閉鎖中で、紅葉ゴンドラの営業もない。
実はハンターマウンテンを経営する東急リゾートは、コロナの緊急事態宣言をうけて早々と営業停止を決定しており、宣言が明けても経営判断を変えなかった。 筆者もこの判断は仕方がないと思っている。
なぜ仕方がないかといえば、ハンターマウンテン(東急)は隣接する鶏頂山スキー場、メイプルヒルスキー場がバブル崩壊後に相次いで破綻した中でサバイバルした経験をもっているからだ。
ダーウィンの進化論ではないけれど、淘汰を勝ち抜いた実績はバカにできない。ちなみに鉄道系のリゾート会社の経営状況をみると、実は冬眠を決め込んだ東急グループが一番収支がマシだったりする。思い切って営業停止を決断し、余計なコストを掛けなかったのが結果的に体力の温存につながったらしい。
そんなハンターマウンテンも公式サイトをみると今冬の営業はするらしい。なんだかんだ言っても首都圏最大のスキー場なのだから、頑張ってほしいところだな。
■ 何をもって最盛期と解釈するか
さてもみじラインの最高点に位置するハンターマウンテンに入場できないのでは記事として少々寂しいので、ここでネタ的に少々タイムトラベルをしてみよう。筆者は 10/09 つまり3週間前にもここを訪れていたので、その当時の写真(↑)を紹介してみたい。
この頃は最低気温が12℃くらいの水準をフラフラしていて "黄葉" のみが進行する状況だった。このくらいだとトチノキ等の色づきが先行しており、とりあえず秋の雰囲気を感じることはできる。ただし赤色はまだみえない。
本日=10/30はこんな状況で、最低気温は3℃くらいの水準で推移している。第一波となる木々は落葉し、楓などの遅めに色づく木々が立ち上がっている状態だ。
これだと先行落葉組の木々をみて 「あれ…もしかしてピークを過ぎた?」 と思う人が出てきても不思議ではない。さて、そうなると "紅葉のピーク" とはどう判断したら良いのだろう?
結論からいえば 「本人が良いと思えばそこがピーク」 というミもフタもない話におちつく(ぉぃ)。実は同じ場所で後ろを振り返るとこんな(↑)景色になっていて、落葉した木々があるかどうかは場所によっていくらでも変わり、気にしても仕方がないのだ。
良い機会なので、これまでに得られたデータから主要な紅葉の木々の色づく温度(最低気温レベル)を簡単に図(↑)にしてみよう。
日々の増減をぜんぶ平均して一次関数と見做した場合、5℃気温が下がるのに平年で約12日を要し、最速クラスのトチノキの黄葉開始と楓の赤の立ち上がりには25日程度の時間差がある。気温に対する官能性がこれだけ違うのだから、見頃の時期が同列に並ぶはずがない。どこかで落葉し、どこかで色づいているという状況は、普通に起こり得る。
それらをひっくるめて、植物の種類は問わないから何か色づいていればOK、とゆるゆるの基準でみれば、実は紅葉のシーズンは40日以上にも渡る。 特別紅葉に思い入れのない人の感じる "見頃感" はこんな感じで、これなら割とどこへ出かけても満足感を得られやすい。
赤色にこだわる人はこの点、許容範囲が狭くなるので時期を選ぶのに慎重にならざるを得ない。どちらが良いかは……まあ明言するのも野暮なので、気分次第で良いでしょう、と無難な書き方にしておきたい(笑)
脱線ついでに言えば、もし赤一色の風景をみたいのなら実はもみじラインより15~20kmほど奥地に分け入って栃木県~福島県の県境付近の尾根筋を巡ったほうが見事な植生を見ることができる 。ただしこちらはクルマで到達するのは難しく、完全に登山の世界になってしまう。
その点、もみじライン周辺は赤系の楓、漆、ナナカマド、ツツジ以外にもブナや白樺、トチノキ、コナラ、カラマツなどの黄葉の木々が混在している。固有の色にこだわらなければこれらが順次色づいていくので、以外にシーズンは長いとみてよいのかもしれない。
(つづく)