2006.08.01 風車のある風景
~秋田県仁賀保高原/山形県酒田市~(その2)
■三崎峠
さらに北上を続けて女鹿(めが)付近にやってきた。秋田県との県境に近いこのあたりになると、砂丘は途切れて海岸近くでも水田が見られるようになる。
やがて秋田との県境、三崎峠に至る。
さすがに長時間突っ走り続けるのは疲れたので、休憩がてらちょっと降りてみよう。 ここには松尾芭蕉の "奥の細道" のルートとなった旧道がある。
休憩所のむこうに灯台がみえた。風当たりが強い土地柄なのか、海沿いの斜面に高木はみられない。岩礁~草地が100mくらいに渡ってゆるく遷移して、その奥側にようやく樹木が繁茂するといった状況だ。
ここでなにやらケッタイな看板を発見。最初は一瞬なにかと思ったが、どうやらここは世界の中心で愛を叫ぶ場所らしい。
肝心の奥の細道は、こんな正真正銘の細道だった。 これを見る限り、社会インフラとして北前船などの海の輸送路が使われたのは正解といえそうだ。年貢米の輸送にこの道ではとても間に合わない。
もう少し探せばここに昔あったといわれる有耶無耶の関跡がみられたかもしれない。・・・が、我が家の天の声は風車の方を所望しているので先を急ぐことにした。・・・ああ、こういう怪しいスポットはもう少し味わいを(以下省略)( ̄▽ ̄)
ついでにちょっとだけ余談を書いておきたい。北前船の時代、ここは既に 「太平洋側」 だったらしい。もちろん地勢的な話ではなく、航路区分上のことである。
室町末期~江戸時代に商業取引が盛んになり、江戸期に入って庄内の米を上方に運ぶ航路として北前船の航路が発展する。その起点は酒田であり、そこから蝦夷松前を経由して江戸~大阪へと回航するルートが東回り航路とされていた。ここは酒田より北側なので、もう 「太平洋航路」 の一部なのである。
■風車のある風景
さて秋田県に入り、象潟から仁賀保を目指す。筆者は今案まで "ナビなんて要らない派" で通してきたが、さすがにこのへんの田舎道はちょと迷う。 うーん・・・仁賀保の風車って、どこだ?
・・・と、しばし迷って遠くを見れば、なにやら山の上にずらりと並んだ人工物が見える。
おお、あれが風車のようだ。数えてみると全部で15機ほどある。
場所が目視確認できたので、山に登るコースを進む。
さて山を登りきると、風車の威容がならんでいた。ここはもともと高原の牧草地として観光資源となっていたところである。そこにこれだけの発電機を並べたのは、このあたりが風の通り道になっていたからだ。
ちなみに発電設備(風車)は風力発電の先進国デンマークからの輸入品だという。 あちらでは海岸沿いにズラリと風車が並んでいて、海風を受けて発電しているらしい。
…が、見れば回っている風車は3機くらいしかない。それも申し訳程度にかなりゆる~~~く回転しているのみ。最近話題の "再生可能エネルギー" とやらで持ち上げられてはいるけれど、正直なところこれでは発電所として役に立っているようには思えず、実質的に観光用のオブジェにしかなっていない。本来なら今ぐらいの季節にはエアコン需要を賄うためにフルパワーで電力を供給していなければならない筈なのだが。
とはいえ、ここは旅と写真のサイトなので、発電効率とか電力供給の信頼性とか採算性については敢て目を瞑るむことしたい。今回は見た目のインパクトがあればよし、と割り切っていこう。
風車はとにかく大きい。1機の根元にクルマで寄ってみた。根元の直径は5mくらい、高さは羽根のてっぺんまで含めれば100mくらいはあるのではなかろうか。
風車の足元は牧草地になっていた。ちょうど刈り入れの時期らしく、トラクターがせわしなく走り回っている。近代的なのか伝統的なのか、よくわからない珍しい取り合わせの風景だな。
丘の上に休憩施設があったので立ち寄ってみた。ここから風車の列をみると、連続する丘陵地帯に居並ぶ風車群が見渡せる……これはかなり壮観だ。これで晴天だったら最高の写真が撮れたのではないかな。
しばらく、この景色を眺めて過ごした。天気さえよければこの山の上からは海まで見通せる。発電施設としては何の役にも立っていなさそうな風車も、景観を演出するオブジェとしてはいい脇役になれるような気がした。
子供もどうやら満足したらしいので、とりあえず今回の目的はひとまず果たしたと言っていいだろう。…そんな訳で、ここで山を降りることにした。
その後は雨が降り出したこもあって、宿に向かってリターンフェーズに移行。
途中フェライトこども科学館とか道の駅象潟で立派なものを鑑賞したりとか、いろいろあったのだけれどあまり花鳥風月的でないのでカット(笑) …それにしても、東北の梅雨はいったいいつになったら明けるのかな。
<つづく>