2009.09.27 穂高神社奥宮:上高地 (その2)
■河童橋から穂高岳を望む
林を抜けるとすぐに梓川に出た。おお下流のV字谷とはまったく様相が違う。川幅は思ったより広く、水量も豊かだ。あたりはもう紅葉が始まっている。
ここからだと雲がかかってちょうど隠れているが、その向こうに見えるのが奥穂高岳である。標高は3190m、北アルプスの盟主といわれ、上高地を象徴する山だ。
その麓に、一本の吊り橋が掛かっている。…あれが、うわさに聞く河童橋だな。行ってみよう。
道すがら、上高地の石碑をみる。なになに、特別名勝特別天然記念「物」上高地…?
調べてみるとどうやら法律上はこの景色は 「モノ」 扱いらしい。所轄は文化庁で、文化財保護法のなかに文化財の一形態として定義されている。 こういう建付けには役所毎のクセというか流儀が反映しやすいのだが、法律のできた1950年当時としてはたとえ風景であっても文化財として扱う方がラクだったのだろう。
まあ形式はともかく、乱開発が抑制されて景観が維持されているのは大変に結構なことだと思う。
さて河童橋から奥穂高岳を眺めてみた。おお、この橋…やはりいい場所に架かっているなぁ…!!
筆者が橋の上に立つと、直前までモヤモヤとかかっていた雲が晴れちょうど奥穂高岳の山容が現れた。やはり日頃の行いがよいと神様も味方をしてくれ…いや、それは無いだろうな(笑)
それにしても絵に描いたようなロケーションである。広い川原にカラマツが程よく配置され、梓川が蛇行する。中央の大きな枯沢カール(U字谷)はかつて氷河によって削られたものだそうで、そこを下る枯沢沿いに植物相が変遷していくのが美しい。
光線条件としてはちょっと谷底に日差しが差し込むには時間帯が早かったようで、橋の付近は六百山の影が落ちてまだ暗い。しかしまあ名山と呼ばれるにふさわしい堂々たる山容の写真が撮れたので一応良しとしておこう。
カールのあたりをアップにして見ると、ちょうど草紅葉しているのが見える。あれが河床面くらいに降りてくる頃が紅葉狩りのベストシーズンといえる筈だが…今回は1週間ほど来るのが早かったかな。
山頂付近は岩肌の露出するゴツゴツとした景観だ。これが雪を戴いたりするとまたいい絵が撮れそうだな。
ちなみにここで写真を撮ったのは AM 07:50 頃である。あと1時間くらい待てばカールの底や河童橋付近にも日が差し込んでくる筈だが、今回は穂高神社奥宮を見るのが目的なので筆者は先を急ぐことにした。巡光で真っ正直な写真を撮るのであれば、10時くらいに河童橋に立てばベストのような気がする。
ところで、現在の地図には "穂高岳" という山のピークは存在しない。かつて穂高岳と呼ばれた山塊は大正時代に消滅してしまった…というと誤解を招きそうだが、近代測量のルールに従ってローカルピーク毎に個別名称をつけた際に、北穂高岳、涸沢岳、奥穂高岳、前穂高岳、西穂高岳、明神岳、間ノ岳に分解されてしまったのである。
よって、地図には山塊の総称あるいはニックネームとしての穂高岳の文字表記はあっても、それは特定の山頂とは結びついていない。そしてこれが実は安曇族の物語に登場する穂高岳と、現在の我々の認識する穂高岳にズレを生じさせている。これについては後ほど触れてみたい。
■上高地を歩く
さてそんな訳で登山道を歩き出すことにする。今のところ日差しはあるが、天気予報では昼頃には雲ってしまうそうなのでなるべく午前中に奥宮まで到達したい。
河童橋から上流側は幾筋もの川筋が広い川原を蛇行しており、湿地帯では木道が整備されている。草紅葉がちらほらと見られる中、ちょっとした有酸素運動にはちょうどよいトレッキングコースといえる。
ふいに現れた草紅葉の原。まだ朝露を含んだ葉が陽光で輝いていた。
かつては湖底だったらしい平坦地を流れる梓川は、高地でありながらもまるで北海道の河川を思わせるように蛇行しながらゆったりと流れている。大正池から下流側のV字谷とはまるで様相が違っていて、下界から登って来た者がこの光景をみたら確かにちょっと驚くかもしれない。
足元をみると大きな岩魚らしい魚影がみえた。禁猟区域になっているせいか人を恐れることもなくゆったりと泳いでいる。魚影は非常に濃く、行く先々で魚をみることができた。おかげで魚の写真ばかり大量に撮ったような気が…(笑)
ここで今回のコースについて簡単に説明しておこう。出発地点は河童橋。目的地は明神池(穂高神社奥宮)である。河童橋手前のバスターミナルから明神池までは4kmほどある。こうして3D地図でみると近そうだが、明神池周遊を含めて右岸~左岸コースで往復すると10kmほど歩くことになり、景色を眺めながらだと半日で往復するのはちょっと厳しいかもしれない。観光案内によると明神池までは70分と書いてあるが、登山道MAPの所要時間というのは無休憩でスタスタ歩いた場合の時間なので、写真を撮ったり景色を眺めたりしながら行くと1.5倍くらいみて丁度よいのではないだろうか。
ちなみに明神池を目指すなら午後遅くに行動するのはお勧めしない。バスの最終便が17:05なので、これに乗り遅れるとタクシーで帰るか上高地内の山小屋/ホテル(→FREEDOM!!:笑)に宿泊するしかなくなってしまう。日帰りで明神池を目指すならせめて午前中に出発したほうが良いと思う。
さて途中、小さな橋を渡りながら紅葉の木々と川面を撮ってみた。川底の白い部分は花崗岩の砂礫だそうで、この白さこそが上高地の特徴のひとつといえる。川底が白いと水の色が引き立ってみえ、これが他の渓流との印象の違いを際立たせるのである。
白い河床をアップで撮ってみた。たしかに、不思議といえば不思議な風景なのである。印象としては南国の珊瑚砂より白い感じがする。
しばらく行くと、途中で奥穂高山頂に向かう登山道が分岐する。こちらを上っていくには本格的な装備が必要だ。
筆者はヌルいトレッキングコースなので軽装のままである。いつかハードな岩山も登ってみたい気はするけれど、いつになることやら…ね。
分岐から先はしばらく幾筋もの沢を横断する。平坦な砂礫の上に木々と水の流れが連続していて、ちょっと大雨が降ればたちまち流れが変わってしまいそうなところだ。表土は薄く、砂礫を木々の根が掴んでやっと保持している…と言ったほうがいいかもしれない。
後から調べて分かったことだが、上高地の自然の特徴として "破壊と再生のダイナミズム" という視点があるらしい。崖崩れや大水で木々がなぎ倒されても、また再生が起こってそれなりの様相に戻っていく…その過程そのものが上高地の本来の自然だとする考え方で、ここから 「自然保護を名目に現状を固定するのは間違っている」 という主張をする人もいるらしい。
筆者は環境イデオロギー的に何がこの土地にとって有益なのか判断する術をもたないが、確かにちょっとした大水でもここの景観は一変するだろうとは思うし、だからといって護岸工事などしたら物凄く不細工な沢筋になりそうでそれはそれでイヤだなと思ってしまうのであった。回りくどい言い方をやめろというのであれば、やはり基本的には Let it be でいいような気がする。
…それはともかく、雨天時にここを通るのはちょっと怖いぞ。
やがて少し高度を上げて、本流らしい流れを見下ろす位置に出た。しばらくはこんな景色が続く。白い砂礫が下地のせいか水の青さがイイカンジだ。なんだか "水色" という言葉の語源について考えたくなるような色具合だな。
そんな砂礫の上に、これまたゆったりと泳ぐ魚がみえた。岩魚か鱒のようだが、とにかく大きいので驚く。筆者の目には新巻鮭くらいのサイズがありそうに見えた。数十年禁猟を続けると、魚というのはこんなにも大きく育つものなのか…
こんな豊かな水系が、日本のどまんなかに残っているとは、たしかに奇跡的と言えるかもしれない。
<つづく>